ーーー どうして英語が得意だったんですか？
鎌倉駅にいる外国人に手当たり次第に話しかけて…

ーーー え？話しかけるんですか？
はい。部活を引退してやることなくて…

大胆な方法で英会話を練習した法木里巳さん（23）。ドバイやサウジアラビアで働くことを目指し、大学時代はアラビア語を勉強しました。

石油のイメージが強いアラブ諸国ですが、再生可能エネルギー、金融サービス、テクノロジー産業でも世界をリードしています。アラブでも日本食は大人気。日本の寿司職人が世界のVIPを虜にしているのです。

現在、グローバルに展開する高級日本食レストラン『Nobu Tokyo』で、寿司職人として働く法木さんにお話を伺いました。

日本なのに海外のお客様だらけ

ーーー 法木さんは集中コース174期を24年3月1日に卒業してその後すぐNOBUに就職したんですよね。

はい。卒業から1週間たたずにあっさり決まりました。

ーーー 就職活動はいつから？

卒業の1週間前です。いろんなお店に電話してアポ取りをしました。その時はNOBUっていうお店を知らなくて。で、地元が横須賀の米軍基地の近くなんですが、そこに米軍兵を相手にやってるユニークな寿司屋があって。

面接に行こうと思ってたんですけど、そこで自分の将来の展望を話したら、ウチで雇ってもいいけど、NOBUがいいんじゃないって教えてくれて。すごい親切そうな人だったんで素直に受けてみたら、じゃあ明日からおいでってあっさり雇ってくれて。最初は試用期間で2か月アルバイトで今は正社員です。当時は社員さんより出勤してました。

ーーー NOBUってどんなお店ですか？

いわゆるフュージョンスタイル。創作和食のレストランです。ディナー予約で100人を収容できる大きな箱です。お客さんも外国の方が多くて、例えば60人予約があって全員外国人のときもあります。

場所は神谷町（港区虎ノ門）で、大使館街の中にあります。スウェーデン大使館とか米国の大使館の前を通って通勤します。そういうロケーションなので、日本にありながらグローバルで新しいスタイルの和食を提供しています。

マーケティングやブランディングにも力を入れていて、商社の人が外国のお客さんとの会食で使うとか、大使館の人とか、有名なアーティストとか、サッカー選手が来日したときに使うんですよ。

ーーー セレブが集まるレストランということですね。そこで法木さんはどんな仕事をしているのですか？

寿司職人として雇ってもらいました。ありがたいことに初日からシャリ切りを任せてもらって、最近はだし巻き玉子を任せてもらっています。アカデミーでの経験が役に立っているなぁと実感しています。

ーーー 寿司職人のセクションは何人ですか？

今は10人弱です。ロールも早くからやらせてもらってて。NOBUでは握りよりロールの注文が入るんですよ。ひとつの花形というか、一番忙しいポジションなんですけど、そこを入った時からやらせてもらっています。握りも手伝ったりするんですけど、僕は基本ロールです。

世界のNOBUに会った

ーーー NOBUって世界中にありますよね。何店舗あるんですか？

わかんないですけど、アメリカが一番多くて、ギリシャ、ロンドン、ミラン、ヨーロッパとか、中東にも広がってますね。ドバイ、サウジアラビアとか。（※2023年時点で世界中に56のレストランと36のホテルを運営）

ーーー ノブさんには会いましたか？

会いました。Nobu Weekっていうイベントがあるのですが、ノブさんが来るとノブさんに会いに来る人もいるんですね。僕が入った3月とか一番忙しくて120人の予約が入ってめちゃくちゃ忙しかったです。

ーーー アイドルみたいですね。ノブさんとはお話はしましたか？

はい。法木里巳（のりきさとみ）ですって自己紹介したら、女みたいな名前だなって言われました。

ーーー 緊張しますか？

いえ。おっかない所もあるみたいですけど、僕はまだそんなにお話をさせてもらってないのでそういうのはないですね。

ーーー 先輩や料理長さん達はいかがですか？

本当に素晴らしい関係でやらせてもらっています。中間層（3、40代）はいなんですけど、50代のシェフと先輩社員が2人いて、僕が一番お世話になってる先輩は皆20代ですけど、みんな高校を卒業してすぐ飲食の世界に入ってるから、26とか27の先輩でも10年弱の経験があるんですね。他のお店でキャリアをスタートして技術がある方たちです。仕事も惜しみなく教えてくださるし、すごく良くしてもらってます。

あと、NOBUの社風もあると思いますけど、とにかく色々任せてもらえます。初日からシャリを切ってたし、巻物の練習をさせてもらって、ちょっとしたら営業用のも任せてもらって、それがめちゃくちゃモチベーションになってます。僕はラッキーだったと思います。先輩に恵まれました。

ーーー 1日はどんなスケジュールですか？

毎日13時間ぐらい働いてます。9時に行って帰るのが22時。ランチとディナーの間に休憩が90分ぐらいありますけど、僕はだいたい練習しています。

ーーー 平日も忙しいですか？

むしろ平日の方が忙しいいです。大使館街ってビジネス街なので。土日の方が落ち着く感じですね。

道行く外国人に話しかけて英語を学んだ

ーーー アカデミーに入学する前は大分県の大学で語学の特待生として入学し、アラビア語を勉強してたんですよね？

英語は得意で、その点数で入ったんですけど、アラビア語はたまたまご縁があって、フリーレッスンしてくれる人が見つかって、個人的なレッスンを受けてました。大学にそういうコースがあったわけではありません。

ーーー どうして英語が得意だったんですか？

家の近くに米軍基地があって、あと、鎌倉には観光客がいっぱいいるんで。高校の部活を引退して何も勉強してなかったから、英語でも勉強するかと思って。そういう環境があって、気づいたらしゃべれてました。

ーーー 学校に通ったんですか？

いえ。塾は行ってないです。独学で勉強しました。話しかけて。

ーーー え？話しかけるんですか？

はい。米軍基地の近くとか鎌倉駅にいる外国人に手当たり次第に話しかけて。

ーーー それは凄いですね。

部活の陸上を辞めて本当にやることが無かったんですよ。

ーーー 何て話しかけるんですか？

最初は「Excuse me, where are you from?」で、何か言ってきたら「Welcome to Japan」。これだけ覚えて行ったんですけど、その後、何もわかんなくてただ黙ってるみたいな。恥ずかしい時いっぱいありました。頭おかしい奴だと思われてました。

ーーー 大学に入る半年で上達したんですか？

いえ。1浪してて本当は防衛大学校って自衛隊の学校を目指してたんです。陸上を続けたくて。でも、そこを落ちていろいろ考えたんですけど、英語だけで入れる大学があるから入っちゃおうと思って。

アラビア語の先生はファミレスで出会った

ーーー そこでご縁があってアラビア語も勉強できて、中東に興味を持っていったわけですね。

はい。元々サッカーが好きで。最近アラブ人のオーナーがすごいサッカー選手を買うんですよ。スポーツの大会とかも招致してて。サッカーを見てると、サウジアラビアとかUAEとかカタールって名前がいっぱい出てくるし。

これは！と思って調べてみたら、スポーツだけじゃなくて、金融のインフラもすごいんですよ。世界をリードしてて。それでアラビア語の勉強を始めました。そしたらその半年後にクリスティアーノ・ロナウドがサウジに移籍したんです。

当時はクリロナがサウジに移籍するなんて絶対あり得ない話だったんです。サッカーファンからしたら。これは本当にすごいことが起きると思って。勉強にも熱が入りました。先生ともたまたまファミレスで出会えて。教えてもらって上達しました。

ーーー ファミレスで先生と出会う？

アラビア語を勉強してたら、おじさんが通りかかって、何でアラビア語を書けるのって聞かれて、アラビア語を勉強してますって言ったら、その人が先生を紹介してくれました。

ーーー ご縁が凄いですね。

本当にラッキーでした。

寿司職人はカウンター商売だから語学が活かせる

ーーー 大学3年生のときにすしアカデミーに入学したんですよね。

大学2年の時にもう辞めようと思って。税理士目指してたんです。特に目標がなかったので税理士になっておけば良いかなと思って勉強してました。でも、税理士だとオープンな競争になるので、例えばUSCPAみたいなアメリカの国際基準の税理士資格を取っても、ヨーロッパ人とか優秀な人はいくらでもいるから、その中で戦っていかなきゃいけない。

けど、日本人だけの求人があるじゃないですか。そういうの考えた時に寿司職人なら一気に競争の幅が狭まるし、チャンスがあると思いました。寿司職人はカウンター商売だから語学も絶対に必要になるし。

今もカウンターに立たせてもらってますけど英語が喋れるとお客さんから喜ばれるんですよね。出しゃばらない方がいいと思って黙ってたんですけど、ちょっと受け答えしてる時に、先輩にお前しゃべれるのかって言われて、どんどん行けみたいになって。一人のお客さんほどしゃべり相手を欲しがるのでそういう時に重宝されます。

ーーー NOBUはみんな英語しゃべれるんですか？

そういうわけじゃないですね。ただ、外国で経験のある50代のシェフは喋れます。若いシェフは喋れない人が多いですね。

ーーー 大学を中退して、すしアカデミーに入る事にお父様は心配されてたそうですね。

親には心配されましたね。まぁ、でも、部活やったり勉強したり、結構ちゃんとやってたんで、そこは信用してくれて。なんとかなるかなって信じてもらいました。

ーーー アカデミーの2ヶ月間はどうでしたか？

一瞬でした。先生は惜しみなくいろいろ教えてくれて、本当に来て良かったです。でも最初のアジテストの時、最下位だったんですよ。なので、放課後も残って自主練しました。1年間、地方でアルバイトしてお金を貯めて来たので、この2ヶ月間は授業に集中しました。

今は技術の上達が嬉しい

ーーー 将来的には中東に行きたいんですよね？

いつか中東のどこか、アラビア語圏の国に行きたいです。アラビア語って30か国以上で公用語として使われてるんですよ。

ーーー そんなにあるんですね。

はい。だからそいう所にいろいろ行ってみたいなとは思いますよね。でも、今はお店の仕事を覚えるのが先ですね。自分、海外に行ったことがなくて、海外に行ってみたい気持ちだけが強かったんですけど、今は技術を磨くことに興味が向いています。シャリを広げるスピードとか、潰さない様にとか、魚を捌く技術とか、だし巻き玉子とか、技術もいろいろあります。

魚にはまだあまり触れてないんで、アジとかタイはやらせてもらってますけど、もっと魚をできるようにして、スピードも上がったらどこへでも行けるかなと。NOBUのスタイルは自分に合っていると思っています。自分、NOBU好きなんです。凄い人に会えるし、ミーハーですけど、キラキラした世界が観られるのも好きです。

ーーー NOBUはすしアカデミーの卒業生にお勧めできる職場ですか？

誰にでもオススメできますけど、仕事はしんどいと思います。何でもやらせてもらえるっちゃ、やらせてもらえますけど、最初は雑用も多いです。やる気のある人であれば誰にでもオススメできます。

ーーー 雑用は何をしてたんですか？

ごみ捨て行ったり、パクチーを摘んだり、簡単なことから始まります。おススメなのは、毎日出社しますって言うと扱いは良くなると思います。来るんですよ。インターンシップでいろんなお店に行ってる人。

週末だけ来るとか。そういう人はあんまりやらせてもらえてないです。自分は毎日出社します。ここで正社員を目指してますって言って入ったので、雑用はしたけど最初からシャリ切りを任されたりしたので。

ーーー 面接では料理長とはどんなお話をされましたか？

来るもの拒まず。去るもの追わずと言った感じで…

ーーー 何ができるかとか聞かれるんですか？

聞かれますけど、あんまり気にして無いんじゃないかな。

ーーー とりあえず入ってから見てやろうみたいな？

そんな感じです。

ーーー 仕事のダメ出しはされますか？

もちろんあります。これじゃあ使えねえよと言われることはあります。結構言われました。それでもやるしかないです。

ーーー 法木さんは自分のやりたいことがはっきりわかってて、それに対して最短距離で行ってやろうっていう感じがあるのに、でも、技術は重要だと思ってて、じっくり学ぼうとしてるし。過程を大事にしていますよね。

ブレブレです。最初は中東に行ければ何でもいいと思ってたんですけど、やってる内にすし自体が面白いんですよね。玉子1本を巻くのにも、営業用を任されるまで時間かかったし、でも綺麗にできると嬉しいし。ひとつひとつの技術の習得を面白いと思えなかったらキツイです。ただ海外行きたいだけだとキツイです。ウチの店は。

ーーー 休日は何してるんですか？

とりあえずやることがなくても7時に起きて、外国語の勉強したり、魚屋行って魚を見たりです。明日は先輩と豊洲に行ってきます。魚のことが今一番知らなすぎるんでちゃんと知りたくて。

編集後記

英会話の勉強のために道行く外国人に話しかけたり、ファミレスでアラビア語の勉強をしてたら先生を紹介してもらったり、入ろうと思ったお店からはNOBUを教えてもらったり、不思議な縁に導かれている法木さん。彼は運が良かったと話しますが、行動しなければ得られなかったものばかりのはずです。

NOBUは、世界的に有名な高級レストランチェーンです。世界中に展開する店舗はドバイにもあります。店舗間での異動といったキャリアパスも十分考えられるのです。目的地までの地図は手に入れました。道中を楽しめる彼であれば心配はありません。今はだし巻き玉子を巻くことに夢中な法木さんでした。