苦労しかない修行時代を経て寿司屋の楽しさ語る鮨源佐藤さんの働き方改革
都内で気品あふれる寿司店を3店舗経営する「鮨源」。帝国ホテル店では、当校の杉田講師が働いていた経歴もあるなど、すしアカデミーとは縁の深いお寿司屋さんです。
聞くところによると、鮨源の寿司職人さん達は皆、勤続年数が長いのだそうです。その秘訣はどこにあるのか?取締役の佐藤さんに『働きやすい環境の作り方』についてお話を伺いました。
編集部:本日は鮨源高田馬場本店にお邪魔しております。佐藤さんよろしくお願いいたします。
佐藤さん:よろしくお願いします。
編集部:佐藤さん。体めちゃくちゃ大きいですね!杉田講師から大きいよと聞いてはいたのですが想像の2倍くらい大きくてびっくりしました。
佐藤さん:体が大きいとお客さんにすぐに覚えてもらえるんですよ。 ああ。あのでかい人でしょって (笑)キャラクターが強い人にはお客さんが付くんですよ。これは寿司職人としては大きな武器なんです。
編集部:普段はマネジメントとして店舗経営に携わる佐藤さんですが、どういったきっかけでお寿司の世界を目指されたんですか?
佐藤さん:私の叔父が実家の商売の一角を使って寿司屋を始めたのが鮨源の第一歩でした。私の父は三男で、大阪で修行した後に戻ってきて一緒に。真ん中の叔父は接客を担当して3人で会社を立ち上げたんです。
私は寿司屋の息子として生まれて幼少期を過ごし、中学高校と全寮制の学校に行ったんですけど、アルバイトの経験もなにもなく高校を卒業したんですね。
だから、寿司屋以外のことは何も知らないまま社会に出てしまって。でも、ずっと寿司屋をやっている家庭で生活してきましたので、自分も寿司屋になるのかなというので寿司屋の修行をはじめました。
若い時は苦労しかなかった(笑)
編集部:修行時代に苦労したことを教えてください。
佐藤さん:高校を卒業してから札幌のすし善さんで5年半修行に出たんですね。苦労っていう苦労は・・・当時は全部苦労でした(笑)今やれば完全にブラックって言われちゃう環境でしたから。
早朝から深夜までずっと店にいて、食事を摂る時間も自分で作らなくちゃいけなくて。だから、どんなことが苦しかったか挙げてったら全部になっちゃう。
編集部:そんな苦しい中で、息抜きというとどんなことがありましたか?
佐藤さん:休みの日はよく観光してました。東京から札幌へやってきたっていうのもあるんですが、きっかけは同僚の職人さんの言葉でした。彼は凄腕の和食職人で、一年目の自分に色んなものを見なさいっていう話をしてくれました。
それで、札幌から余市にニッカウイスキーの見学へ行ったりとか、定期観光バスっていう日帰りのバスツアーに申込んで、札幌一周とか、富良野一周とか行きましたね。
直接つながらなくても何かしら勉強になると。見聞を広げるってやつですよね。これは本当に息抜きにもなったし、自分自身、今でも忘れられない思い出になりましたね。
震える手で寿司を握った
編集部:修行を始めて、寿司屋としてなんとかやっていけそうかな?って思えたのは何年目のときでしたか
佐藤さん:2年目のときですかね。1年目はやっぱりしんどかったです。長時間立ってることすら初めてなことでしたから。皿洗いとか、掃除とか、出前の車に一日中乗るようなこともあったりとか。
とにかく店の運営っていうのは寿司握るっていうのはほんの一部ですから、それ以外のことっていうのは寿司職人になるまでに色んなことをやるんだと思います。
編集部:2年目にはお寿司を握れましたか?
佐藤さん:いや、2年目ではまだそういうことは無かったですね。お客さんの前で正式に握ったのは4年目の後半くらいだったと思います。ただ、当時のすし善さんでは「チャレンジデイ」っていうのをやってたんです。
それは3~5年目の若手の見習いが寿司を握る日なんです。でもやっぱり正規の値段はもらえませんから、何でも一個2百円っていうイベントを月一回やってたんです。
そこでは2年目の途中から握らせてもらえるようになりました。それも突然でしたね。その時の店長が、「俺が責任をとるからやってこい!」っていうような男前な人で。
でもね。自分にしてみたら、店長に首根っこ掴まれてライオンのいる檻にボーンって投げ込まれてカギ閉められたようなもんですよ(笑)あの時は手が震えましたね。
すし善さんは昔から若手を育てることにすごい力を入れているお店で、嶋宮社長は若手育成の取組みが評価されて「現代の名工」を受賞しているんです。(※現代の名工は厚生労働省が卓越した技能者を表彰する制度)
すしアカデミーのインターン生ってどうですか?
編集部:鮨源さんには東京すしアカデミーのインターンコースの受け入れ先を提供していただいているのですが、インターン生たちの働きぶりはいかがでしょうか?
佐藤さん:思ってたよりもみんな仕事を覚えてるなっていうのが印象的でした。もちろん数ヶ月で覚えられることには限界があると思いますから、ただ、みんなすごい熱心です。
スピードだとか、技術はこれから磨いていかないといけないですけど、それを差っ引いたって良くやってくれてると思います。
編集部:本音で言ってくださっても大丈夫ですよ?
佐藤さん:いやいや、「思ってたよりも」っていうのが本音です。よくやってくれてますよ。逆にそれだけ費用もかかっているわけですからね、自分でお金を貯めて受講する生徒がほとんどなんですよね?そういう子は必死でやると思いますよ。
いろんな疑問を持って聞いてほしい
編集部:これから来るインターン生に期待することはありますか?
佐藤さん:学校で教えられれることと、現場で体験しないとわからないことっていうのはありますから。そういうことを体験してもらいたいと思います。良いことも悪いことも全部ですね。
店の営業に参加していれば、良いこと悪いことっていうのは絶対起こりますから。もし悪いことが寄りかかってきてもマイナスに思わずに、それをプラスに変えていってほしいですね。
仕事ってどんな事でもやる理由があるんです。私もすし善さんに入ってまず洗い場に入ったときに、洗い場っていうのは1年通して夏はこういう器、冬はこういう器っていうことを覚えるための時間でもあるんだよって教わって。
学校の勉強では1から10まである仕事のうち、5から8くらいを教わってくると思うんですけど、1から4までっていうのはやらなくていいわけではなくてやっぱりそこも大切にして欲しいですね。
とにかくいろんな疑問を持ってそれを聞いてもらいたいですね。「教えてください。」じゃなくて、「なぜこうやるんですか?」とか、「こうしちゃダメなんですか?」っていうような質問ができると覚えが早いです。
人を買ってもらえるような人間になりなさい
編集部:鮨源さんではどんな人材を求めていますか?インターン生から鮨源に採用が決まった生徒もいますが、彼はなぜ選ばれたんですか?
佐藤さん:勉強熱心な人が良いですね。あと寿司屋になりたいっていう熱い想いがある人が良い。それから、うちで長く働いている職人さんたちは基本的に「人がいい」っていうのがあると思います。
店に対してついてくれるお客様は多いんですけど、職人さん個人についてくれているお客さんも沢山います。「 人もひとつの売り物だから人を買ってもらえるような人間になりなさい。」って、社長もよく従業員の皆に言いますね。
キャラクターが強い人はお客さんが付きますよ。私みたいに体が大きいと覚えてもらいやすいですしね(笑)すし善で働いていたときも、朝必ず店の前をほうきで掃除してたんですよ。
そうするとあの時掃除してた子がここまでになったんだねとか、あの時は私たちの横でずっとつまをむいてましたもんねって声をかけてくれるお客さんもいらっしゃいました。
あと、お客さんのために何かをしようって思ってる人っていうのはやっぱりお客さんはついてきます。カウンターの寿司屋の一番の特徴はお客さんに合わせたものができるってことなんですね。
例えば男性の方だったらちょっと握りを大きくしたりとか、女性だったら小さくしたりとか。時間も考慮して、最初は大きめでだんだんと小さくしていったり、様子を見ていると分かるんです。お客さんの関係性とかもね。良くも悪くも(笑)
いつも皆にはお客さんがなぜうちの店を選んでくれたのかを考えてくださいって伝えてます。もちろん寿司を食べに来たっていうの当たり前なんだけれども。
高いお金を払ってうちを選んでくれたのは、それが仕事の接待なのか、デートで男性が女性をエスコートしているのか。 シチュエーション次第で接し方は変わってくるんですね。
接待だったらあまり話しかけずに、接待されてるお客様の方から物を出したりとか、デートだったら男の人はやっぱり女性を立ててほしいいわけですから女性に甘くやります。
連れてきた側は、そのお相手に喜んでもらえたら目的は達成してもらえたことになるのかなと思うんですね。そのために我々は常に考えなくちゃいけないんです。
人を育てること
編集部:鮨源さんのWEBサイトには“感性豊かな鮨職人”の育成に努めております。と書かれていますが、人材育成に対するお考えを聞かせて下さい。人を育てるって難しいですか?
佐藤さん:やっぱり人を相手にしてますので、相手にも感情はあります。話はちゃんと聞いてあげなきゃいけないし。あとは会社全体の空気だと思います。うちがひとつ自慢にしているのは風通しの良さなんですね。
何か悩んでたり困ったりしたらどんなことでもいいから言ってくださいと。問題があれば、店長とか私が社長に報告して、社長も巻き込んで解決していく。それで可決していったってこともありますし、正直いろんな相談も受けます。
でも、人間が相手ですから。言いづらいこともありますし、本当に言って良いんだろうかっていうこともあります。それをどう言ったら解決できるのかっていうのは難しいとこですよね。
編集部:佐藤さんは杉田講師と以前同じ職場で働かれたことがあるそうなんですが当時のエピソードがあれば教えてください
佐藤さん:困ってた時に何か頼みやすい方でしたね。良い意味で。この人頼みづらいなっていう人よりかはどんなことでも相談しやすい、あんまり親方感をだしていない人でしたね。
呼び捨てを禁止している理由
うちは名前を呼び捨てにするのは一切禁止してるんですよ。必ずさん付けか君付けで人の名前を呼ぶ。従業員同士の会話も敬語を使ってるんですよ。立場が上とか下とかって全く関係ない。
編集部:お寿司屋さんでは珍しいですよね。
佐藤さん:自然と元から君付けさん付けはずっとやってたんですよ。「この店は従業員同士、敬語を使ってて気持ちいいね。」って言っていただいたこともあって。
編集部:わかります。店の奥で従業員を叱る声とか聞こえてくるととても嫌な気分になります。
佐藤さん:それが寿司屋だっていう人もいるんですけど、でもやっぱりお客さんが不快な思いをするってのはあると思うんですよね。だから注意はするなっていうわけじゃないですけど。お客さんの前では絶対に怒るなって。それは徹底しています。
働く環境を良くするためには、上の人達は年功序列を考えない方がいいと思うんですよ。先にいるから偉いとは思ってほしくないんです。
でも下の人は逆に年功序列を大事にしてほしくて。やっぱり、上の人達は長くやってきているから持っているものはあるし、教わるものはありますから。絶対、侮ってはいけないことなんですよ。トラブルが起きるときはだいたいこの辺りの礼儀を欠いたときに起きますよね。
今、世間的には寿司職人を目指す人が減ってて、調理師学校に募集かけてもほとんどいないです。寿司屋の側も正直、今は1から10まで教えるっていうのは本当に大変なことなんですよ。だから、アカデミーさんには助けられてる。
育成が難しくなってしまったのは、オートメーション化が進んだこともあるんです。洗い場にいけば洗い場のパートさんがいるからする必要ないし。ホールに行けばホールの人たちがいるからする必要ないし。
そうすると勉強にならないんですよね。シャリ炊けっていってもボタン一つで炊けるよっていうことしか教えられなかった。でもインターン生だから入れるスキが出来たので。
有効活用してほしいですね。自分は何を学ぶべきか、どういう方向に進むべきか自己理解を深めてほしいです。その結果うちに入りたいって思ってもらえたら嬉しいですし、我々としても判断がしやすい。
お客さんとの会話がモチベーションになる
編集部:寿司職人の魅力ってどんなことですか?
佐藤さん:修行時代、仕事がつらくてこのまま辞めてやろうと思った時もありました。でも、お客さんから「おっ今日もいるね。」とか言われると「あ、どうも。」って。何気ない会話が嬉しくて。
お客さんから認められたような、その店の一員になったような。そのうち、カウンターの中に入って職人さんのサポートをするようになって。我々もそうだし、お客さんもそうなんですけどカウンターの中に入るっていうのは一つ成長を示すラインになっているんですよ。
だから、お、カウンターに入ったの?って言われるやっぱり嬉しいですよ。ええ、入りました。握りましょうか?とか調子に乗ったことを言おうとするんですけどね。そこまでは出来ませんでした(笑)
でも、中には一個握ってみなよ、とかお客さんからチャンスをくれる方もいらっしゃいましたし。そうゆうのがだんだんとモチベーションになってきますね。
寿司屋だけですよ。お客さんと直接触れ合える調理人て。特殊ですよね。だから楽しい。寿司屋って楽しいよ!っていうのを伝えてください(笑)
若い子がもっと寿司を握る機会を作りたい
編集部:これからやってみたいことってありますか?
佐藤さん:若い子がもっと寿司を握る機会を作りたいですね。すし善さんのチャレンジデイみたいな。アカデミーでもやったら面白いんじゃないですか?カウンターでみんなで並んでやるとか?
私も若い頃に両親に対してやってみたことがありましたけど、知り合いだと手が震えますからね。いきなりはかわいそうですけどね。
まぁ、若い時は今やっていることの意義は今すぐにはわからない。とりあえずやってみなの連続。でも、やらないと後悔することが後から必ずやってきますから。
アカデミーの子たちに伝えたいことは、とにかく色んな人に聞いて、そこから自分で選択すること。全部聞いているとパンクしちゃいますからね。中には教えることが楽しい人もいますからね。そういう人はどんどん使っちゃってください。
編集後記
インターン生から鮨源に就職をされた卒業生にはこの日は残念ながら会えなかったのですが、店長さんが「彼はこの店の未来の店長候補なんですよ。」なんて、おどけてお客さんに紹介してくれているそうで、面倒見の良い方が沢山いるお店なんだなと実感しました。
大きな体と素敵な笑顔で寿司屋は楽しいよと語る佐藤さん。寿司屋で働くことは時には苦しいですが、そういった苦しい時代を経験した方がマネジメントをしてくれているのは頼もしく思います。
寿司職人を目指す人が減ってしまった現代で、勤続年数が長い職人さんを多く抱える鮨源さんの取り組みはとても学びが多かったです。